



『パレス・オブ・ゴールデンホース』
直訳すると「金馬の宮殿」。金歯ではない金馬である!いわゆる普通の高級ホテルと違いラグジュアリーリゾートホテルといった趣である。
外観はほとんど横浜・町田インターチェンジ周辺に乱立するホテルを彷彿とさせるが、あちらはそれを模したモノ。コチラは本モノ。というイメージである。
強烈な外観に負けず劣らず、内装も強烈である。まるで本物の宮殿であるかのごとく複雑怪奇な構造で慣れるまでには随分時間がかかった。
ここは宿泊客専用のゴルフコースを持っていたりゴージャス度合いもかなりのものである。日本の「川奈」といったところか。
もともとはクアラルンプール唯一の競馬場(超立派!)に隣接する馬主の宿泊施設が端を発する成りたち。そんじょそこらのホテルとは一線を画する。
とりわけインプレッシブだったのはエントランスからメインバーへ続く階段脇、超高級ウォールナットの壁一面に各界著名人らの写真が飾ってある。もちろんそのウォールナットの壁の前で撮られた物のばかりである。
著名人とはいっても環7のラーメン屋に貼ってある「サランラップで包まれた色紙」にサインしてある芸能人のレヴェルではない。
ここは首脳会議のレセプション会場にもなったようで、まずは各国の首脳陣が並び、続いてはアナン国連事務総長からタイガーウッズまでのいわゆるグローバルで活躍されている格調高き有名人達ばかりである。

ボクは普通のフロアであったが、VIPフロアには立ち入ることも出来ないくらい厳重なセキュリティーである。んでもって、ホテルの単なるバー(一番小さいヤツ)でさえも、テーブル、椅子、灰皿・・・いちいちべラボーに高級なものを使っている。
ちなみにホテルの灰皿を盗みたくなる衝動に駆られたのは大学生以来である。
写真に写っているのは庭の池である。これは水面にホテルの姿が綺麗に浮かび上がるよう、わざわざ人工的に造られたものであり、いわゆる敷地内を散歩するだけでアラビアのロレンス状態になれる(なんのこっちゃ?)。
ベッドメイクに関してもベッド云々よりも、部屋に届けられる果物がスバラシイ!銀座ならもうこれだけで大変な金額になっちゃうのではないか?追加料金は幾らだ?と余計な心配をしちゃうくらいの珍しいフルーツバスケットである。毎朝、これを齧っていると、朝食バイキングは不要に思えてくる。
では心温まるエピソードをひとつ・・・
ボクは、いつものように朝食会場へ向かった。食事しながらの打ち合わせもあってか少々急いでいた。そのまま3時間ほど打ち合わせをしていると、フォーマルなコングレス会場へ向かう時間になってしまった。ボクが聞きたかったシンポジウムが始まるまであと20分。
きっと既に会場は人で溢れているだろう・・・とはいえ、食事のために出てきたのだからジャケットも着用していない。
とりあえず部屋に戻った。
部屋は既に綺麗になっていた。そして大きなクローゼットの分厚い扉をあけ、ジャケットを取り出した。鍵をしまおうとポケットに手を突っ込んだ時に何枚かの札が入っている事に気づいた。
「あっ、いけね〜チップ忘れていた!」
と思ったが、もう既に清掃は終わっている。仕方がないので明日にでも多めに置いておこうと考えた。
部屋を出ると3つ隣の部屋から掃除用具がぎっしり詰まった大きなワゴンを押しながら美しい女の子が出てきた。
いかにもというくすんだブルーの作業着は、袖丈も裾も7分の長さだった。茶色の髪は長く、浅黒く薄いブラウンの瞳が輝いていた。年齢は20歳を迎えてはいないだろうその子は、とても聡明な目つきでとても美しい顔立ちをしていた。
ボクは、自分の部屋を指差し
「この部屋を掃除したのは君なのかい?」
彼女は少し困惑気味の表情だ。ボクは少しだけ意地悪に、無表情のまま続けた。
「ボクは、質問をしているんだ。コトバが解らないのかい?」
「コトバは理解しています・・・」彼女は即座に答え、少しうつむいた。
「この部屋を掃除したのは君だろ?」
「y、yes sir・・・」申し訳なさそうに頭を下げる姿を鮮明に覚えている。完全になにかクレームを付けられていると思っているらしい。
このホテルでは、宿泊さえすれば誰もが「サー」の称号をもらえるのもシビレルサービスなのである!
「今朝ね、チップを・・・置いておくの、忘れたんだ。ちょっと待ってね・・・」ボクは、拍子抜けした彼女が呆然と立ちすくむ前で、
ゴソゴソと財布の中を探した。通常マレーシアの場合はチップ無しでも問題は無いが、ここは高級リゾートホテル。1〜2RM(リンギット:¥30〜60)の紙幣を置いておくの普通であるらしい。しかし・・・財布の中には1RM札が見当たらない。
「You Lucky ! None change.」ボクは彼女に10RM札を渡し、驚きに言葉も出ない少女の顔を一瞥し急いでシンポジウム会場に向かった。
夜、部屋に戻るとベッドの上にカードが一枚。そのカードにはこう記してあった。
「ありがとう。 あなたのおかげで今日一日がすばらしいものになったわ。ステラより」
カードの最後には歪(イビツ)なハートマークまで書かれていた。
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